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恥かきついで [よしなしごと]

昨日のエントリでtonmanaanglerさんのエントリに触れたら、漢方は疑似科学なのか(2)と云うタイトルの、ぼくのエントリに対するお返事(のような体裁)のエントリでトラックバックいただいたので、いちおうお返事(のような体裁のもの)を書いておく。
ちなみにこれから書くことをtonmanaanglerさんが踏まえていない、みたいな失礼なことを思っているわけではないので、基本的には釣られている、と云うこと。これから書くことを読んで、たぶんtonmanaanglerさんはぼくのことを楽しく嘲笑するだろうし、つまりはぼくとしては恥の上塗り承知、と云うスタンス。ちなみに個人的には失望が底流にあるので、あまり親切な書き方はしない。tonmanaanglerさんのところがほんとうにご本人のおっしゃるような過疎ブログなのかどうかは知らないけど、だとすれば過疎ブログ同士でトラックバックを飛ばし合っても読まれないのでわりと不毛だし。

ちなみにトラックバックいただいたエントリのなかほどに書かれているホメオパシーと漢方の比較に関する議論については割愛。お書きの内容に異論はないのだけれど、逆にそこまでおわかりなのだとしたら、前のエントリで持ち出した(かたちになっている)論点の恣意性が浮き彫りになるだけなので。
俺の書き方が悪かったのだろうかとも思うので、ここで何を言いたかったかを改めて書けば、「科学と疑似科学を区別するための要素に被害の有無は含まれない」ということであります。あるいは「被害の大小によって疑似科学の度合いを判定するわけではない」ということであります。
まさか本気で、ご自分で引用した部分の文章がそんなふうに読める、と思っているわけじゃないよね。「科学にとってより深刻なのはどちらか」ってことについて書いてるわけでしょ。ここで想定されている「科学」ってのがなんなのかは、前のエントリにも書いたとおりよくわからないけど。
で、tonmanaanglerさんはニセ科学にまつわる議論のどこで、「科学と疑似科学を区別するための要素に被害の有無は含まれない」と云うことに留意していない論者を見かけたのかな。jura03さんとか論宅さんのエントリあたりかな。
このように「科学」の観点からの擬似科学批判と、被害防止の観点からの疑似科学批判は完全に一致するものではないと思うのに、それが区別されずにごっちゃになっているところがあるのではないかというのが俺の書いた趣旨であります。それに対する批判ならあるだろうと予想していたけれど、予想外の批判だったので、ちょっと驚いたという次第。
「科学」の観点からの擬似科学批判と、被害防止の観点からの疑似科学批判は完全に一致するものではないのは確かだけど、だからと云って分離して論じることができるものか、と云うとそう云うものでもなくて、それはなぜかと云うと、結局のところぼくらの生活は科学と云うメソッドへの信頼のうえに成り立っているからで(まぁこのへんでも書いたようなことではあるけれど)。いやもちろんtonmanaanglerさんが水を飲んだり風呂に入ったりするたびにそこに蓄積されたいろんなもののホメオパシー的記憶にいちいち注意するのは自由だけど、ぼくなんかは貧乏暇なしでそんなことをしている余裕がないので、科学と云う体系に蓄積された専門知のほうを日常では信用している。

で、いまの社会のバックボーンとなっている専門知の体系としては自然科学はそうとうに重要な部類に属するもので。このへんについては専門的知識がなくてもわかるようなエントリをtikani_nemuru_Mさんがいくつも書いていて、はてなユーザであるtonmanaanglerさんからすれば探すのも難しくはないと思うので、お読みになってみればいいと思う(地下猫さんもあんまりここからリンクされたら不快だろうし)。まぁ実際には、お読みになったうえでわかっていてお書きなんだろうけどね。

でもって、科学の専門家としての科学者がどうして「科学」の観点からの擬似科学批判だけじゃなくて被害防止の観点からの疑似科学批判にも留意しなければいけないのか、と云うと、そこには「専門職としての科学者」と云う社会的な位置づけが関わってくるわけで。これは「科学」の話だけれど、「科学」の内部に収まる話ではなくなる。
みたいなことを書いて放り出すのも不親切なので、とりあえず伊勢田哲治准教授の疑似科学をめぐる科学者の倫理と云う資料(PDF注意)にリンクしておく。いやもちろん、伊勢田さんがお書きの論点なんかも、先刻ご承知ではあるんだと思いますけど。

だいたいのニセ科学・疑似科学についての議論にコミットする論者は、おおむねここまでに書いたようなことを念頭に置き、踏まえながら議論を展開するので、あまりそのへんのことが「区別されずにごっちゃになっているところは見かけない(いちいちそこから議論をはじめることもあんまりないけど)。いやまぁtonmanaanglerさんにとっては目につくのかもしれないけど、じゃあどこで見たんですか、と云うことを訊いても(経験上)具体的な返事が来るとも思えないのでべつにどうでもいい。

以上、釣られ納め、ネタにマジレス、でした。恥ずかしいのでこれにて終わり。
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技術開発者

こんにちは、poohさん。

>「科学」の観点からの擬似科学批判と、被害防止の観点からの疑似科学批判は完全に一致するものではないのは確かだけど、だからと云って分離して論じることができるものか、

私は、消火器の訪問販売員が「消防署の方から来ました」と「身分を錯誤させる」ことなんかを例に出すわけです。消火器は「火が消える消火器」ではあるのです。普通は、ホームセンターなどで買うより高く売るので「被害が出る」訳ですが、思考実験として、「通常の価格以下」で売ったら、「身分を錯誤させる」ということの善悪論は果たして無くなるのかというとそんなことは無いわけです。「身分を錯誤させる行為」そのものがモラルとして悪なのです。その善悪論こそが自分を「押しとどめている」訳です。

なんていうかな、私は長い間、悪徳商法の被害者の相談に乗ってきた訳ですが「法律系の有資格者です」と嘘をつきたいという誘惑に駆られなかったかというと、そんなことはありません。それでなくても書き込み内容が法律の詳細説明やら運用説明であるわけで、しょっちゅう「私はただの技術屋です」と書き込まないと、誤解される状態でやっていた訳ですからね。或る程度長くやっていて、実際に法律資格をお持ちの方と意見交換などもするうちに、自分の書いている事が大筋で法律の専門家からみても間違っていなさそうだと思うようにもなります。でも、なんとか引退まで、「私はただの技術屋です」と書き込んできたのは、「錯誤させる行為」そのものがモラルとして悪だと言う事であり、その善悪論こそが自分を「押しとどめている」訳です。

その部分が理解されない気がしますね。

by 技術開発者 (2010-09-09 18:16) 

pooh

> 技術開発者さん

まぁとりあえず「科学」と云うものがなんなのか、それはだれのものなのか、と云う部分で共通理解を踏まえるのがむずかしい、と思ったので対話を控えることにした、と云う感じなんですけどね。
最初に言及したエントリでは漢方薬に対する科学者の態度が云々、とかおっしゃっていたので、てっきり専門職としての科学者がニセ科学に言及する場合についての話かと思って(なので、tonmanaanglerさんがおっしゃる「科学」と云うのは科学者の所管する部分についての謂だ、と云う認識で)そう云う反応をしたんですけど、こちらのエントリにトラックバックいただいたエントリでは、その前提は違う、みたいな話になってるし。

ニセ科学の問題は専門職への信頼をおびやかす、と云うのはapjさんの主張されてきたことかと思います。ホメオパシーの問題なんかは、そう云う側面も大きい(つまりは「ニセ専門職」による問題と云う部分も大きい)みたいに思っています。このへん黒猫亭さんの見解に近いかも。
by pooh (2010-09-09 21:58) 

技術開発者

こんにちは、poohさん。

>まぁとりあえず「科学」と云うものがなんなのか、それはだれのものなのか、と云う部分で共通理解を踏まえるのがむずかしい、と思ったので対話を控えることにした、と云う感じなんですけどね。

私は、前に少しお話した、或るファンタシー小説の最期を思い出して居ました。主人公と敵役が戦い主人公が勝ったときに、敵役が「これで世界はお前のものだ」「私は世界なんていらない、世界の一画の平和が欲しいだけだ」「では、なぜ私と戦った」「お前の支配する世界では、その一画の平和が守れないからだ」なんてね。

社会の中の一つの営みとして「科学」はあるんです。科学は社会を支配したいなんて思ってもいないんです。ただ、社会の一画で平和に科学を突き詰めていきたいだけなんですよ。でもね、社会にニセ科学的なものが流行るときに、その一画で営まれている科学の平和は守れなくなってしまうんです。だから、防衛のために戦うしかなくなる。

そういう視点で考えるとね。今の医療以前に社会に出てきて既に定着している科学的でないかもしれないものとの付き合い方と、今、新たに社会に流行って定着していくかも知れないものとの付き合い方は、違っていて当然なんですよ。

by 技術開発者 (2010-09-10 17:59) 

pooh

> 技術開発者さん

> 社会にニセ科学的なものが流行るときに、その一画で営まれている科学の平和は守れなくなってしまうんです。だから、防衛のために戦うしかなくなる。

いや、それじゃまずいんじゃないか、と云うのが本文からリンクした伊勢田さんの資料の主旨なんですけどね。
科学者は営みとして科学を追求するのが本分ですけど、いまの社会を(単純に技術的側面だけじゃなく)支えるものとしての自然科学の役割を背負う存在でもあるわけです。だから、専門職としてニセ科学に立ち向かう責務からは免れえない、みたいに思うんですよ。
by pooh (2010-09-10 21:51) 

TAKESAN

これ、そんなに複雑な話では無いです。
漢方薬については副作用があるものも明らかになっていますね。それを明らかにしたのは科学であり医学です。そもそも漢方薬は薬剤であるという認識から研究されているので、益も害も含めて調べている訳で、そういう営みがなされているもの全体をニセ科学であるとして批判する理由は全くありません。

ニセ科学とは、実態と主張が乖離した言説なので、当然、現在判明している証拠からはずれた効能を謳ったりすればそれは虚偽ですから批判されるでしょうし、漢方の知識体系が現代科学的概念と対応するなどと言い切ってしまえば、それはニセ科学と看做されるでしょう。

漢方の体系そのものが現代の科学と論理構造的に相容れなくとも、、それが科学的に未解明のシステムに合致した理論体系になっている可能性ははずせないので、「その体系自体を」ニセ科学と呼ぶ事は当然出来ません。気も同様ですね。前に、「気はニセ科学だ、と言うのは乱暴」といった主旨のエントリーを書きましたが、それと同型です。たとえば、気が実体である、なんて断言したら完全にアウトですね。

対してホメオパシーは、レメディが効かない事が既に判っているので、効果を謳った時点で虚偽です。科学的医学的にはほぼ決着しているにも拘わらず、それを効くと称して与えるのですから、虚偽の情報を与え適切な処置を怠らせる、加えて、薬理学的な論理を初めから完全に否定している、という意味で、クローズアップして批判するのは当然です。そしてホメオパシーは、様々の現代科学の概念を不当に援用しています。
http://d.hatena.ne.jp/ublftbo/20100620/1277022123
当然、漢方が医学的にスタンダードな検証方法を全く忌避し、加えて量子力学等を援用したりすれば、批判されるでしょうね。そんな例は寡聞にして知りませんけれども。

ちなみに、標準医療だろうが漢方薬だろうが(標準医療と漢方薬が排反という意味では無い)、効果が無いと分かればそれは排除されるべきだし、まだ分かっていないのに効くと称して与えられるものも除かれるべきですね、当然。そういう意味で、根拠と実態がずれていれば、いかなる領域であっても批判されて然るべきであると言えます。
by TAKESAN (2010-09-19 00:21) 

pooh

> TAKESANさん

> そういう営みがなされているもの全体をニセ科学であるとして批判する理由は全くありません。

これはおっしゃるとおりなんですが、そこの部分がまた無限に相対化できるんですよね。程度の概念が共有化できない以上、その判断にはいくらでも恣意性を見いだすことができて。
tonmanaanglerさんがしたいのは、たぶんそう云う種類の議論なんだろうなぁ、みたいに思ったわけです。merca論宅氏みたいですけど。

> 標準医療だろうが漢方薬だろうが(標準医療と漢方薬が排反という意味では無い)、効果が無いと分かればそれは排除されるべきだし、まだ分かっていないのに効くと称して与えられるものも除かれるべきですね、当然。

おっしゃるとおりです。
あらためて語られる機会が少ないせいかその点を無視したがる論者も見受けられますけど、科学「的」である、と云う謂には、そもそも最初からそう云う含意があるんですよね。
by pooh (2010-09-19 06:53) 

TAKESAN

お早うございます。

書き忘れていたのですが、
▼ 引  用 ▼
で、tonmanaanglerさんはニセ科学にまつわる議論のどこで、「科学と疑似科学を区別するための要素に被害の有無は含まれない」と云うことに留意していない論者を見かけたのかな。
▲ 引  用 ▲
これは、Wikipedia「疑似科学」の所でも見たのではないかなあ、と。数ヶ月前までは、ふまの手が入ったと思われる記述のままでしたし。
by TAKESAN (2010-09-19 08:37) 

pooh

> TAKESANさん

> これは、Wikipedia「疑似科学」の所でも見たのではないかなあ、と。

うわわ。別のエントリのコメント欄でいただいたTAKESANさんのご指摘が、こんなかたちで証明されてしまった。留意しなければいけませんね。

しかし、だとすれば、なにか生み出せることを期待して直接の対話を試みる意義は、たぶんこのかたに対しては期待できない、ってことなのかもしれませんね。まぁもう釣られてみたりはたぶんしないですけど。
by pooh (2010-09-19 11:55) 

TAKESAN

ちょっと探すのに手間取っていました。
ここですね。
”俺は「ニセ科学批判」について誤解していたらしい - 国家鮟鱇”
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20080131/1201747057
by TAKESAN (2010-09-19 12:10) 

TAKESAN

何度もすみません。
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20091011/1255284234
ここでWikipediaをひいて、
▼ 引  用 ▼
⇒疑似科学 - Wikipedia
というのが現在の俺の理解です。
▲ 引  用 ▲
こう書いておられます。で、このエントリーにつけた私のはてブコメントは、
▼ 引  用 ▼
Wikipediaのその項はあまり参照しないほうがいいと私は思っています。
▲ 引  用 ▲
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20091011/1255284234
こんな感じでした。
by TAKESAN (2010-09-19 12:15) 

pooh

> TAKESANさん

あぁ、この対話はなんとなく記憶にあります。

いや、このエントリの根本には、ぼくが勝手にtonmanaanglerさんを、直接対話によってなんらかの示唆を与えてくれるひとなのかも、みたいに期待していた、と云うのがあったりするんです(以前よりときおりエントリは読んでいたので)。
で、これは勝手な期待なのでtonmanaanglerさんがなにか悪いわけじゃないんですが、なんと云うか、やっぱりそう云うひとじゃなかったみたいだ、と云うのがわかった、みたいな話でした。

ニセ科学批判批判者、みたいにくくるのはもともと気が進まないんですけど、そう云う立ち位置のひとたちで「『ニセ科学』と云う概念の定義ゲーム」以上のものを示してくれるひとって、やっぱりいないのかもしれないですねぇ。
by pooh (2010-09-19 16:02) 

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