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「目に見えるもの」を「信じる」 [よしなしごと]

sigeoさんのWEBマーケティング ブログで、どうしても動いて見えてしまう錯覚画像いろいろと云うエントリがあがっている(画像がたくさん。船酔い注意)。

錯視についてはきくちさんがけっこう関心を抱いていたと記憶しているけど、自分で「感覚的にわかるもの」「感じ取れるもの」がどれくらい確かなものなのか、と云うことを考えるうえで結構象徴的な現象だと思う。ぼくについて云えば体質的なものなのか、錯視画像はあんまり動いてくれなくていまいち楽しめないのだけどね。
タグ:認知
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田部勝也

錯視について述べているエントリで、北岡明佳氏のWebサイトに言及していないのはモグリだと思うので(苦笑)、大きなお世話とは思いつつリンクを張っておきます。
『北岡明佳の錯視のページ』(↓)
http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/index-j.html

私は、かなりうねうねと動いて見えてしまうタイプのようで、とても楽しめます。余談ですけど、エッシャーとかも大好き。
by 田部勝也 (2009-02-09 23:14) 

pooh

> 田部勝也さん

あぁ、このページについては存じてました。補完ありがとうございます。

ぼくはなかなか動かないんですよ。なんででしょうね。
あ、エッシャーはぼくも好きです。
by pooh (2009-02-09 23:16) 

田部勝也

>poohさん

北岡明佳氏は、50歳以上になると錯視が見えない人が多いらしいといったような事を言っていますね(↓)。
http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/Whyrotsnakescreated.pdf
こういう傾向の差はとても興味深い事ですから、いろいろな研究がされているのだとは思いますけど、時間のあるときにでも探してみようかな。

教員時代、波動や音の単元で毎回教室にオシレーター(発振器)を持ってきて「何Hzの音がどう聞こえるか」「波形によって音の聞こえ方はどう変わるか」「何Hzの音まで聞こえるか」というのを体感してもらってたんですけど、みんな、感じ方が微妙に違うんですよね。「お前の耳、おかしい!」とか言い出す子とかが必ずいて、とても面白い。
自分の経験では、40人学級で1クラス1~2人くらいは2万Hz以上聞こえる子がいる一方、1万5000Hzくらいでもう聞こえなくなる子も出てきます。

ここまで書いていて、ふと思い当たったんですけど、こういう経験が、主観と客観とか、主観の一般性とか、他者性の獲得とかにも、ちょっとは寄与できるのかも。だったらいいなぁ……という素人の思いつき話に過ぎませんけど。
by 田部勝也 (2009-02-09 23:47) 

pooh

> 田部勝也さん

> 50歳以上になると錯視が見えない人が多いらしい

やなこと聞いちゃったような。

いや、こう云う計測可能な、でもあきらかに存在する「基礎的要素からの世界認識のずれ」みたいなのを把握することって、いろんな議論を科学的におこなう際のベースになりうる気がするんですよね。共感覚の話なんかもそうで。
by pooh (2009-02-10 07:38) 

田部勝也

>poohさん「やなこと聞いちゃったような」

ごめんなさい(苦笑)。
一応、フォローはしておいたつもりだったのですけど……(音についても、歳を重ねるにつれて高い振動数の音が聞こえなくなると言われていますよね。でも、中高生くらいでも、これだけ可聴音域に差があるわけで――というのがフォローのつもり)。

こういう経験が、科学的に考えるとか客観的に議論するとかいった場面だけでなく、日常的に普通に他者や世界と関わって生きていくなかでも、貴重な体験であり財産となりうると私は信じています。信じているだけですが……。
by 田部勝也 (2009-02-13 00:08) 

pooh

> 田部勝也さん

いや、たしかに昔はもっと動いて見えてた気はしたんですよ。やれやれ。

どうも漠然としか云えないんですけど、こう云うのって自分で「自分」と思っているものと自分で「外界」と思っているものの接点で生じる、なんというか不整合、みたいな部分がありますよね。
だから面白いし、なんと云うかそのあたりの認識を深める切り口、みたいなものにはなりうるんじゃないかな、みたいに感じます。
by pooh (2009-02-13 07:37) 

田部勝也

>poohさん「だから面白いし、(後略)」

中高生相手に授業をしていて興味深いのは、それが面白くない、むしろ不愉快と感じる子が一定数いる事なんですよね。
たとえば光の単元なんかは顕著なんですけど、錯視だけでなく屈折や全反射や偏光とかで、見えるのに手を伸ばしても何もないとか、あるはずなのに何も見えないとか、あるべきように見えないとか、目に至る光路を考えさせながらいろいろと実演するわけです。そうすると、多くの子は興味を示し面白がる一方、「むかつくー」「おかしい」などと言って拒否反応を示す子もいるんですね。少しいじくって最終的には「もういい」とか言って興味を失ってしまう。

普通の社会生活への支障を危惧してしまいそうなほど「自分で“自分”と思っているものと自分で“外界”と思っているものの接点で生じる、なんというか不整合」に対する耐性の極めて弱い人間というのは、もしかしたら一定数存在するのかもなぁ……という印象はあります。
by 田部勝也 (2009-02-15 00:52) 

TAKA

何度見ても、錯視は面白いです。
ちなみに私は以前、月面の写真を眺めては、怪しい建物群を見出しておりました。
たとえば、「クレーターの近くに、大きな掘削機械が在る…。これこそ、宇宙人の現場作業風景だ!」といった具合です。
その月面写真は、コンノケンイチ氏のUFO本に掲載されていた物だったのでした。
現在は、「かぐや」が撮影した月面の写真を眺めても、怪しい機械は全く見えずorz。
いやあ、思い込みって、本当に恐ろしいものですわねえ(-_-;。
by TAKA (2009-02-15 02:27) 

pooh

> 田部勝也さん

そう云う子たちって、うぅむ、中二病に罹患しなかった、とかそう云うのなんですかねぇ。それはそれで楽しめなくてもったいないような。
by pooh (2009-02-15 06:23) 

pooh

> TAKAさん

そう云う話なんですよ。
目に見えたからと云って、それは事実とは限らない、みたいな。
by pooh (2009-02-15 06:25) 

亀@渋研X

田部さんのおっしゃる、「拒否反応」を示す中高校生の話、なんとなく類例っぽいものに覚えがあります。オトナでもそういう人はときどき見かけます。ひどいときは、なにかトリックがあるのではないか、などと言い出すような感じで「見えたままではない」ということを受け入れられない。屈折とか、そういう背景にある原理に「だまされているようだ」という反応を示す。

ちょっと想像をたくましくしてしまうと、きっとこういう人は、手品とかが大嫌いなのだろうなあ、フィクションも好まないのかもしれない、なんて思ってしまいます。確かにもったいないんだけど、おそらくすごく不安を覚えるのだろうとか考えると、気の毒でもあります。例の「人間の基本仕様」なんてこととも関係があるのかもしれないとも思います。

多分、そういう人はひどく成績が悪いというわけではない(むしろ、ある段階まではすごく飲み込みが早い)のではないかしら。そして、人生のたいがいのシーンでは、それで用が足りてしまって、大して困らないのではないでしょうか。そうだとすると、よくわからないけれどもそういうことがあるようだ、なんていう中途半端なままにしておくよりも「ウソだ」ということで否定しておく方が、判断の早さが維持できて好都合だ、なんていうこともあるのではないかと思ったり。

もちろん、上記は想像に過ぎないですし、仮にそうなのだとしても意識して選んでいるわけではないのでしょうけれども、一定の頻度で起きるということは、その方が具合がよい場面があるのではないかと思えて仕方がありません。
by 亀@渋研X (2009-02-15 11:28) 

pooh

> 亀@渋研Xさん

いやまぁ世の中、おおむね紋切型の理解で事足りたりはするんだと思います。それをもってほんとうに「理解」とするかはともかくとして。
そのほうがエコノミーだったりする場面は、往々にしてあるんだろうな、とか思います。もちろん、そのせいで不都合が起きることもままあるのでしょうが。
by pooh (2009-02-15 15:40) 

田部勝也

>亀@渋研Xさん「屈折とか、そういう背景にある原理に「だまされているようだ」という反応を示す」

あぁ、私の体験の場合でもそうかも知れません。poohさんの言葉を借りるなら、「自分で“自分”と思っているものと自分で“外界”と思っているものの接点で生じる、なんというか不整合」に対して、なんらかの「悪意」の存在を感じてしまうのかなぁ……と思った事はあります。だからムカつくのかも?――とか。
うまく言えないんですけど、ものすごーく単純化して言うと「自分の感じた事・モノは絶対であり、感じた事・モノと現実に不整合がある事はありえないし、仮にあるのならば、それは“誰か”の“悪意”が自分を騙している」と無意識的に感じているのかなぁ……とか。
いや、あくまで思いつきを書いているだけなんですけど……。すべては根拠のない床屋談義という事で(苦笑)。

>亀@渋研Xさん「多分、そういう人はひどく成績が悪いというわけではない(むしろ、ある段階まではすごく飲み込みが早い)のではないかしら」

私個人の体験の範囲ではサンプルが少なすぎて、とても一般化できませんけど、学校の成績とはあまり相関はなさそうだなぁ。
ふと思いついたんですけど、そういう子は、予想外の出来事を楽しめない傾向は強いかも。体育祭とか遠足とか何でもそうですけど、どうしたってイレギュラーな事は起きて予定通りにはいかないじゃないですか。そんなとき、新しい事態にわくわくする場合といらだつ場合があるとしたら、そういう子は他の子に比べていらだつ事のほうが多い傾向が強いかな? なんとなく、今流行の(?)「ツンデレ」みたいなタイプに近いのかも?
――あまりに都合の良すぎる印象論なんで、かなりバイアスのかかった偏見だという気はしてきましたが……(苦笑)。

>亀@渋研Xさん「その方が具合がよい場面があるのではないかと思えて仕方がありません」

それは間違いないと思いますし、むしろ、おっしゃるように「人生のたいがいのシーンでは、それで用が足りてしま」うと思います。……というか、自分だって普段はルーチン的に(poohさん流に言えば「紋切型に」)情報処理して生活してますし。視界に入る「あれっ?」と思うモノすべてに懐疑的に反応してたり、原因を科学的に追究しようとしていたら身が持ちませんし。
――でも、まぁ、世の中それだけでは困る事も多い複雑な社会になってしまっているわけで、やっぱり、ある程度「理解する事」に対する耐性を鍛える必要は感じるわけで……。それで、亀@渋研Xさんのブログのこのエントリ(↓)
http://shibuken.seesaa.net/article/87906746.html
で紹介いただいたようなコメントなわけです(自分の中でナニかが都合良く繋がった気が……こういう時は大抵「人間の基本仕様」の罠があるので要警戒ですが(苦笑))。
by 田部勝也 (2009-02-15 23:57) 

pooh

> 田部勝也さん

いや、だれだって日常にある諸々のことがらの大半は、ルーチンで処理しているわけですよね。そうしないと不経済で仕方がない。
で、そこからの例外をどう捉えるか、かと。ルーチンの基礎にある原理の存在を知っていれば(望むらくはいくらかでもその原理を理解していれば)そこで不協和は生じないはず、と云うことで、その部分をぼくは多くの場合雑駁に「常識」みたいな言葉で示していたりするわけです。
by pooh (2009-02-16 07:43) 

blupy

>poohさん
>いや、こう云う計測可能な、でもあきらかに存在する「基礎的要素からの世界認識のずれ」みたいなのを把握することって、いろんな議論を科学的におこなう際のベースになりうる気がするんですよね。共感覚の話なんかもそうで。
 そうなんですよね。要素主義や還元主義を捨て切れない、ほとんどの科学者にとってこういう現象は扱いあぐているんじゃないですかね。だから既存の科学を見直す出発点になる、という意味でそのとおりだと思います。認知とか視覚とかの研究者は特に。今でこそ、こうした研究は認知心理学の一部と考えられていますが、認知心理学が生まれる半世紀くらい前からこういったことを考えている学者はいるわけで、実は全く違う哲学的背景があるのですよ。たぶん現在の視覚研究なんかも「ヘルムホルツの亡霊(要素主義)」がとりついているのでしょう。
by blupy (2009-02-27 19:53) 

pooh

> blupyさん

> 要素主義や還元主義を捨て切れない、ほとんどの科学者にとってこういう現象は扱いあぐているんじゃないですかね。

このあたり、ちょっと事情に暗くてじっさいのところがわからないんですけどね(菊池誠なんかは以前より「錯視好き」を公言してますけど)。ただ、現時点での自然科学だけで網羅的な説明ができるものじゃないんだろうな、とは思います。

ただ(このへん地下猫さんの議論の援用みたいになりますが)ひとの感じ取る現象をひとつの事実として、それを「ひとの感じ取る事実であること」に寄りそうことなくアプローチできるのが、科学の意義、だと思うんですよ。引用いただいた部分はそう云った意味合いでした。
by pooh (2009-02-27 22:09) 

田部勝也

亀レス、ごめんなさい。

>TAKAさん「ちなみに私は以前、月面の写真を眺めては、怪しい建物群を見出しておりました」

私は天体写真集が大好きで、一時期、月の他にも、惑星探査機の撮った水星や火星、外惑星の衛星などの写真が載った本やビデオを買い漁っていました(怪しい建物群を見出した事はないですけど……(苦笑)。もちろん「人工物に見えるよね~」とか楽しんでた事はありますが)。

で、昔は、どうしても高低が反転して見えてしまって、とても苦労した覚えがあります。本来窪んでいるはずのクレーターが、パンケーキのように膨らんで見えるんですんね(分かるかなぁ)。つまり、

 | ■

↑上から見て、影がこのようになっているとき(■は影の部分)、右上から光が当たっているとしたら|と■の間は周囲より窪んでいるし、左上から光が当たっているとしたら|と■の間は周囲より膨らんでいる事になりますよね(分かるかなぁ)。
――で、当時の私は、どんな天体写真を見ても(カラー写真でも)、最初はクレーターが膨らんでいるように見えてしまうんですね。一生懸命、「あれあれあれ? え~っと、光源はこっちにあるはずだから……」とか無理矢理考えながらでないと、なかなか正しく見られない……(最初のうちは、本を逆さにしてみたり、遠ざけたり近づけたり、一度目を閉じてから見直してみたり、いろいろしてましたけど、「光源の位置はこっちなんだ!」と脳に言い聞かせながら見るのが一番早かったです)。

――さすがに最近の高解像度の写真ではそういう事もなくなりましたけど、これって、私だけ?(実はすっごく気になってます)

そんなわけで、火星の写真で皆さんもチェック!
NASAの火星探査機「Mars Global Surveyor」が撮った画像(↓)
http://www.nasa.gov/externalflash/mgs-20061206/hi-resjpgs/5.jpg
NASAの火星探査機「Mariner 4」が撮った画像(↓)
http://www.nasa.gov/mission_pages/mars/missions/mariner3-4-index.html
by 田部勝也 (2009-02-28 23:19) 

pooh

> 田部勝也さん

あ、確かに。ぼくにもふくらんで見えます。

と云うか、その種の反転って、けっこう意識的にコントロールできたりしませんか? ふくらませてみたりへこませてみたり。けっこうぼくはできました。

で、こう云うのって「目に見える事実」と云うものについて懐疑すべき理由を、いくつかのレイヤーにわたって提示してくれているようにも思うんですね。
by pooh (2009-03-01 08:22) 

田部勝也

>poohさん「と云うか、その種の反転って、けっこう意識的にコントロールできたりしませんか?」

もちろんおっしゃる通りで、その事はコメントにも書いた通りなんですけど、私が聞きたかったのは、最初に見た一瞬で、どっちに見えたか?――という話ですね。
まったくの素人とはいえ、これだけ天体写真を見るのが大好きで、たくさんの天体写真を見てきて、クレーターだって見慣れてるはずなのに、オレのパターン認識能力やその学習機能は一体どうなってんだっ!?……という自虐ネタでした(苦笑)。

余談。
北岡明佳氏のWebサイトを(勝手に(苦笑))紹介させてもらったからには、せっかなんで『JSTバーチャル科学館』(↓)
http://jvsc.jst.go.jp/
の「マインド・ラボ」(↓)
http://jvsc.jst.go.jp/find/mindlab/index.html
も(勝手に(苦笑))紹介しておきますね。こういうの、大好きです。
by 田部勝也 (2009-03-01 23:57) 

pooh

> 田部勝也さん

器質的な能力と云うのは、なんかいかんともしがたいものがあってもどかしいです。ぼくは音楽ヲタクなので、自分の耳の低性能が恨めしい(^^;。

なんか、このへんの自分の感覚が裏切られる感じって、ディックを読む快感に近いものがあるんだろうな、とかちょっと思ったり。
by pooh (2009-03-02 07:56) 

蝉丸

地図・地形ネタには食らい付きたくなる蝉丸です。再度お邪魔いたします。 
詳しいことは知りませんが、平面図を見るとき、大多数の人は、どうも無意識に光源が左上にあるものと想定してかかるようです。私も例外ではありません。ですから、平面図に陰影をつけて立体っぽく見せかける場合、陰影を右下側(つまり、光源は左上)につけるのが一般的なようです。
たとえば、目の前のパソコンディスプレイ上にあるクリックボタンの絵なども、クリック前は右下に小さな影がついて膨らんでいるように見え、クリック後は左上に影がついて凹んで見えます。 

等高線地図に陰影をつけて、尾根・谷を立体的に見せるものがありますが、この場合、地図上の仮想太陽は北東方向(左上)にあるんですね。北半球では非現実的な設定ですが、こうしないと、尾根と谷を見誤りやすくなります。で、航空写真と陰影地図を照合する際には、(少なくとも私は)大混乱になります。なにしろ、航空写真は普通、昼間に撮影(つまり、太陽はおおむね南方向)されていますから。
というか、航空写真を単に北を上にして提示されるだけでも、私は容易に尾根と谷が逆転して見えてしまうので、航空写真をチェックする際は、上下ひっくり返して南を上にして見ることが多いです。
たとえば、この写真↓
http://watchizu.gsi.go.jp/riyou/katuyou/h01-01kyoukoku.htm
少なくとも私は、谷の部分が浮き出して尾根のように見え、逆に尾根の部分は凹んで谷のように見えます。写真をひっくり返すと、ちゃんと尾根は尾根、谷は谷に見えます。
他の人は、どうなんでしょう... 

ちなみに、田部さんご紹介の火星のクレーター写真、私には窪んでいるようにしか見えないのですが...
by 蝉丸 (2009-03-02 19:53) 

蝉丸

訂正
× : 地図上の仮想太陽は北東方向(左上)にあるんですね
○ : 地図上の仮想太陽は北西方向(左上)にあるんですね
by 蝉丸 (2009-03-02 19:58) 

ちがやまる

航空写真を見慣れてなくて、まず谷底がどれかな、と見る必要があったせいか、尾根と谷は大丈夫でした。むしろ等高線の地図の方で、「半月沢」の下の山にカルデラみたいなものができているように見えてしまいます。
きっと、「日本のふつうの山川」のイメージに普段よほど助けられているのでしょうね。

もうひとつ、ひそかに告白しますが、「かぐや」の画像を見ていて、月の裏側にはきたない盛り上がりがあるのか、と思ってました。田部さんのお話も上の空だったのですが、さっき見たら、見事なクレーターに見えました。
http://space.jaxa.jp/movie/20071113_kaguya_movie01_j.html

本当にウロコが落ちた感じです。Thanx!!
by ちがやまる (2009-03-02 20:59) 

pooh

> 蝉丸さん

リンクしていただいた画像は、ぼくにははっきりと反転して見えます。どうもぼくも「大多数の人」のようです(あんまりそう云ってもらえないので微妙に新鮮で嬉しかったり)。

> 大多数の人は、どうも無意識に光源が左上にあるものと想定してかかる

これ、不思議ですね。おっしゃるとおり、地図が北を上にする、と云う原則からすると、光源が左上にある状況は(北半球では)そうとうまれですもんね。と云うかこれって、光源を「向こう」と認識してしまうために起こるのかも。
by pooh (2009-03-02 22:29) 

pooh

> ちがやまるさん

こう云う「認知の相違を自覚する瞬間」って、なんか独特の快感めいたものがあると思いませんか?
とまぁここで(そんなに読んでもいないくせに)ディックを引っ張り出すぼくなのですが。
by pooh (2009-03-02 22:33) 

田部勝也

>蝉丸さん「少なくとも私は、谷の部分が浮き出して尾根のように見え、逆に尾根の部分は凹んで谷のように見えます」

クリックして最初に空中写真のほうに目が行ってしまったのですけど、最初に見た一瞬の認知で正しく見ていたようです。むしろ、「谷の部分が浮き出して尾根のように見え、逆に尾根の部分は凹んで谷のように」見るほうが、私にはとても難しい……(逆さにしたり、回転したり、ネガ反転してみたりしたけど)。

>蝉丸さん「ちなみに、田部さんご紹介の火星のクレーター写真、私には窪んでいるようにしか見えないのですが...」

火星の写真はどちらも、光源は左上ですね。
蝉丸さんの紹介した写真の場合は、光源はほとんど真下のようです。――そうなると、私は、大多数の人とは逆に、無意識に光源が右下にあるものと想定してかかるタイプなのでしょうか……。でも、私の場合、写真を逆さにすると見え方が変わるという経験はほとんどないんだけどなぁ……(クレーター写真に限った話ですけど――そもそも普段、写真を逆さに見るなんて事しないし(苦笑))。

いずれにせよ、一度そのように見えてしまうと、違う見え方がある・できると分かっていても、最初の認知を変える事は難しいですよね……いや、簡単な人もいるのでしょうけど、私にはとても難しいんですよ(苦笑)。


>poohさん「なんか、このへんの自分の感覚が裏切られる感じって、ディックを読む快感に近いものがあるんだろうな、とかちょっと思ったり」

それを快感に思うような人が好奇心旺盛な科学好きやSF好きになり、不快に感じる人が自己肯定的なオカルトやスピリチュアルにハマっていくのかなぁ……とか、上のほうの話を蒸し返してみる。
そういえば、自分はこういうのが大好きで、人にもよく試すんですけど、「なんでこんなのが好きなの? マゾ? 自虐史観とか大好きでしょ」とか言われた事があるなぁ(苦笑)。「んなわけねーだろっ!」と。
私は、今まで知らなかった事に気づかされて、今までなかった視野を得る事ができて、世界が広がった気になってしまうのですけど、一部の人は自分を矮小化させられる不愉快な事だと受けとめるみたいなんですよね。もったいない。
by 田部勝也 (2009-03-02 22:54) 

pooh

> 田部勝也さん

なんかですね。「不思議なこと」をどう捉えて、どう考えるか、と云うお話かとも思うんですけど、ううむ。そこにある違いがなんなのか、ちょっといまの時点でぼくには言語化できないです。
by pooh (2009-03-03 07:37) 

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