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金木犀 [よしなしごと]

五感が、全部鈍い。
視力は弱いし、ちょっと難聴気味で、舌は煙草にやられている。
たぶん、嗅覚も鈍い、んだと思う。

でも、匂いって云うのはなんというか、脳髄の奥底にひどく短時間で辿り着く気がする。これまで経て来た年数の中で相当下の方に堆積した記憶に、ダイレクトにアクセスしてくる。
その感覚だけがあって、実際にはどの記憶を刺激されているのだかよく思い出せなかったりするけれど。

街が金木犀臭い。爽快で、でもどこか湿気を抱いた匂いが、冷たくなり始めた空気の中を薄く満たしている。これから本物の冬が来るまでの季節が、1年で一番好ましい。そうして金木犀の香りは、いつだったか昔の、極端に単純で不自然なロマンティシストだった幼い頃の記憶と結びついて、甘く切なく胸を締め付けたりする。
いや、ほんとうに。

問題なのは、その記憶がいったいどんな記憶だったのかと云うことまでは思い出せないことだ。
存在しない記憶を脳内で生成しているのか、それとも脳細胞が減ってしまって思い出せないだけなのか。間抜けな話だ。やれやれ。


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